卵胞ホルモンと黄体ホルモン ─ 犬と猫の性周期のしくみ
わん助
ねえねえ、猫って
春になると子猫がいっぱい生まれるって聞いたよ!ワンちゃんの発情も
年に2回だけなんでしょ?そんなに少ないなら、やっぱり
春と秋って季節が決まってるんだよね!
にゃるき
年に1〜2回、というところまでは合っているにゃ。でも
「回数が少ない」と「季節が決まっている」は、まったく別のものさしなんだにゃ。じつは発情の話には
ものさしが2本あって、わん助はいま、その2本をまぜてしまったにゃ。まずは問題からいくにゃ。
まずは問題
犬の繁殖生理として正しい組み合わせはどれか。
a:交尾排卵動物 b:季節繁殖動物 c:自然排卵動物 d:単発情動物 e:多発情動物
- 1. a、b
- 2. b、c
- 3. c、d
- 4. d、e
- 5. a、e
わん助
ぼく2番にした!えっ、犬って季節繁殖じゃないの…?年に2回しかないのに、いつ来るか決まってないの!?
にゃるき
正解は
3番(c・d)にゃ。犬は
周年繁殖動物で、1年中どの時期にも発情が起こる。ただし
間隔がおよそ6〜10か月あくから、結果として年に1〜2回になるだけにゃ。「少ない」のと「季節が決まっている」のは別なんだにゃ。
a交尾排卵動物:誤り。犬は交尾に関係なく排卵する自然排卵動物。交尾排卵なのは猫やウサギ。
b季節繁殖動物:誤り。犬は周年繁殖動物。季節繁殖なのは猫のほう。
c自然排卵動物:正しい。交尾がなくても、周期がくれば排卵する。
d単発情動物:正しい。一度発情すると次の発情まで長い休みが入る。発情を続けざまには繰り返さない。
e多発情動物:誤り。発情を繰り返すのは猫。
「単発情」と「多発情」は発情を続けざまに繰り返すかどうかの話、「周年繁殖」と「季節繁殖」は1年のうちいつ発情できるかの話です。軸が2本あると気づけば、混ざらなくなります。
犬の性周期は4つに分かれる
犬の発情周期は、発情前期・発情期・発情休止期・無発情期の4つに区分されます。この4つと、2つのホルモンの動きを1枚に重ねたのが次の図です。
犬の性周期とホルモンの推移。赤がエストロゲン(卵胞ホルモン)、青がプロゲステロン(黄体ホルモン)、黄がLHサージ、緑が交配適期。
発情前期は、発情出血が始まってから雄に交尾を許すようになる前まで。外陰部の腫大も発情出血も、エストロゲン(卵胞ホルモン)のはたらきによるものです。ただしこの時期はまだ交尾を許しません。
発情期は、雌が雄に交尾を許す(許容する)期間。排卵は発情期の3日目に起こり、排卵したあとも約1週間、発情期が続きます。これは犬に特徴的な現象です。
発情休止期は、黄体からのプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌が終わるまでの期間。ここにも犬らしさがあって、妊娠していなくても、妊娠した場合と同じ長さだけ黄体からプロゲステロンが出続けます。
そして無発情期は卵巣が休んでいる期間。この長さでその犬の発情周期の長さが決まります。犬によって「年1回」「年2回」と差が出るのは、ここが伸び縮みするからです。
にゃるき
ここでひとつ、間違いやすいところを言っておくにゃ。発情前期の出血を「犬の生理」と呼ぶ人がいるけれど、
人の月経とは出血のしくみがまったく違うにゃ。犬の発情出血は
子宮内膜からの出血で、人のように内膜がはがれ落ちるものではないんだにゃ。
わん助
そうなんだ!人の出血は
妊娠しなかった周期のおしまいに内膜がはがれて出るけど、ワンちゃんの出血は
これから発情に向かう始まりの合図なんだね。同じ「出血」でも、
意味しているものがぜんぜん違うんだ…!
ホルモンの指令は、いつもの3階建て
ではこのホルモンたちは、どこから指令を受けているのでしょうか。答えは前回とまったく同じ形です。
性腺の3階建て。前回の甲状腺・副腎皮質の図とまったく同じ形で、いちばん下の現場が卵巣に入れ替わっただけ。図はいずれも当サイト作成。
卵巣のなかでは、卵胞が育つあいだ卵胞がエストロゲンを出し、排卵したあとその卵胞が黄体に変わってプロゲステロンを出します。だから「卵胞ホルモン」「黄体ホルモン」という別名がついているわけです。名前が、出どころをそのまま言っているのです。
ただし犬にはもうひとつ特徴があります。排卵する前から卵胞の黄体化が始まるため、排卵の前からプロゲステロンが少しずつ出はじめるのです。図1で青い線が排卵より手前から立ち上がっているのは、そのためです。あとで効いてくるので覚えておいてください。
もうひとつ。この「もう十分」の抑制は、いつも効いているわけではありません。エストロゲンが十分に高くなったひとときだけは、逆に下垂体前葉を押してLHを出させます。これがLHサージで、排卵の引き金になります。ふだんは抑える側にまわるホルモンが、ここぞという場面だけ後押しにまわる ── 発情のしくみでいちばん面白いところです。
2問目 ── ここが今日の山場
犬の交配適期の検査を目的に行われる検査はどれか。
- 1. 糞便検査
- 2. 血中エストロゲン測定
- 3. レントゲン検査
- 4. 膣スメア検査
- 5. PCR検査
わん助
2番!だってエストロゲンって
発情のホルモンでしょ?発情してるかどうかを見るなら、エストロゲンを測るに決まってるよ!……あれ、ちがう?
にゃるき
その考え方、すごく自然にゃ。
発情のホルモン=エストロゲン、そこまでは合っているにゃ。でも交配の
日にちを決めるときに測るのは、じつは
プロゲステロンのほうなんだにゃ。
にゃるき
正解は
4番の膣スメア検査にゃ。ではなぜエストロゲンを測らないのか ── 答えは
さっきの図の山のかたちにゃ。エストロゲンの赤い山は
排卵する前にもう下がりはじめている。下り坂の途中の数字を見ても「あと何日か」は読めないにゃ。いっぽうプロゲステロンの青い山は、さっき言ったとおり
排卵の前から上がりつづける。だから数字がそのまま
日にちの目盛りになるんだにゃ。
1糞便検査:消化管内の寄生虫を調べる検査。
2血中エストロゲン測定:交配適期の判定に使う血液検査はプロゲステロン測定。エストロゲンは測らない。
3レントゲン検査:妊娠後期、胎子の骨が写るようになってから頭数を数えるのに使う。
4膣スメア検査:これが正解。細胞の顔ぶれの変化から、発情がどこまで進んだかがわかる。
5PCR検査:感染症の病原体を見つける検査。
膣スメア検査 ── 細胞の顔ぶれが変わっていく
膣スメア検査は、膣の粘膜からとった細胞を染めて顕微鏡で見る検査です。発情が進むにつれて、細胞の顔ぶれが次のように移り変わります。
① 発情前期
有核上皮細胞(丸い核がはっきり見える)と赤血球が主体
② 角化がすすむ
角ばった角化上皮細胞が増え、核をもつ細胞が減っていく
当サイト撮影
③ 発情期
ほとんどが角化上皮細胞。核が消え、平たく角ばった姿になる
当サイト撮影
核のある丸い細胞から、核のない角ばった細胞へ。この変化を起こしているのがエストロゲンです。そして角化上皮細胞がピークを過ぎ、有核上皮細胞がまた少し増えてきたときが、交配適期の目安のひとつになります。
わん助
ん?でも交配って
排卵した日がいちばんいいんじゃないの?卵子が出てきた日でしょ?
にゃるき
そこが犬のおもしろいところにゃ。
犬の卵子は、排卵した時点ではまだ未熟なんだにゃ。卵管のなかで
約60時間(2日半)かけて成熟して、そこから
約48時間(2日)だけ受精できる状態になる。だから交配適期は
排卵の当日ではなく、排卵後3〜5日にゃ。しかも犬の精子は卵管や子宮のなかで約5日も生き延びるから、受胎できる交尾の期間は
排卵の2日前から5日後まで(約7日間)ととても長いにゃ。
交配適期は、ひとつの検査では決めない
交配適期の判定基準はいくつもあり、できるだけ複数を組み合わせて判断します。膣スメアとプロゲステロン測定は、どちらか一方を選ぶものではなく併用するものです。
| 膣スメア |
角化上皮細胞がピークを過ぎ、有核上皮細胞が少し増えてきたとき |
| 血中プロゲステロン |
6〜7 ng/mL に上昇した日から2〜4日後 ※この数値は測定機器によって変わる |
| 血中LH |
LHサージが起きた日から3〜5日後 |
| 行動 |
雄への交尾の許容が始まってから4〜6日後 |
| 外陰部 |
腫大・硬結が小さくなり、軟らかくなった日の当日〜2日後 |
| 超音波検査 |
観察された排卵日の2〜4日後 |
※ホルモン測定以外の方法は個体差が出やすいため、複数の基準を重ねて判断する。
わん助
わかった!ひとつの検査で決めつけないんだね。
膣スメアで進み具合を見て、プロゲステロンで日にちを詰めるってことか。どっちが正しいかじゃなくて、両方使うんだ!
猫はまったく違う ── 交尾しないと排卵しない
交尾排卵動物の組み合わせとして正しいのはどれか。
a:ウサギ b:ハムスター c:犬 d:牛 e:猫
- 1. a、b
- 2. b、c
- 3. c、d
- 4. d、e
- 5. a、e
にゃるき
正解は
5番(ウサギ・猫)にゃ。猫では
交尾の刺激でLHサージが起こる。だから交尾がなければ排卵は起こらず、せっかく育った卵胞はそのまま
閉鎖して ── つまり
排卵されないまま、しぼんで消えてしまうにゃ。排卵は交配の
28〜36時間後にゃ。
| 交尾排卵動物 |
猫、ウサギ、ミンク、フェレット、アルパカ、コアラ |
| 自然排卵動物 |
犬、ハムスター、モルモット、牛、馬、豚 など |
猫はさらに季節繁殖動物で多発情動物です。日本では1〜8月が繁殖季節で、発情は約1週間続き、2〜3週間の間隔をあけて次の発情がきます(ただし個体差が大きく、不規則なことが多いのが実際です)。交配適期は発情が始まってから3〜5日の、発情徴候が強い時期。そして猫の発情は光で調節されているため、室内飼育で照明にあたる時間が長いと繁殖季節がなくなり、1年中発情徴候を示すことがあります。動物病院でよく相談を受ける現象です。
わん助
あっ、そうか!猫は
多発情+季節繁殖、犬は
単発情+周年繁殖。
2本の軸が、犬と猫でどっちも逆なんだ!ぼくが最初に言った「年に2回だから春と秋」は、
犬の回数と猫の季節をまぜちゃってたんだね…!
覚え方のコツ
- 軸は2本:発情の回数(単発情/多発情)と、発情できる時期(周年繁殖/季節繁殖)は別の話。犬=単発情+周年繁殖、猫=多発情+季節繁殖で、どちらも逆。
- 名前が出どころを言っている:卵胞ホルモン=エストロゲンは卵胞から、黄体ホルモン=プロゲステロンは黄体から。
- 総称と代表選手:エストロゲン ⊃ エストラジオール、アンドロゲン ⊃ テストステロン。別物ではなく入れ子。
- 下垂体は指令まで:FSHとLHを出すのが下垂体前葉の仕事。ホルモン本体を作るのは卵巣・精巣。
- 測るのはプロゲステロン:エストロゲンは排卵前に下がりはじめるので日にちが読めない。プロゲステロンは排卵前から上がりつづけるので目盛りになる。
- 交配適期は排卵の当日ではない:犬の卵子は排卵時に未熟。約60時間かけて成熟するので排卵後3〜5日。
- ワナに注意:交尾排卵はフェレットも。「猫とウサギだけ」で覚えていると足をすくわれる。
看護でどう活きるか
| 交配の相談 |
「出血が始まったから連れてきた」という飼い主さんは多い。発情前期のうちはまだ交配適期ではないと説明できると、通院の計画が立てられる |
| 膣スメアの介助 |
採材から標本作製までを任されることが多い。どの細胞が増えているかを見る検査だと理解していれば、標本の良し悪しにも気づける |
| 再来院の案内 |
交配適期の判定は1回では終わらない。数日おきに通ってもらう必要があることを、理由とともに伝える |
| 猫の飼い主さんへ |
「うちの子、1年中発情している」という相談には、照明時間が影響しうることを説明できる |
| 避妊手術の時期 |
発情前期・発情期は血管が太くなっていて出血が多くなりやすい。発情休止期も術後に偽妊娠が起こりうるため、手術に最適なのは無発情期。いま周期のどこにいるかの把握が、予定調整につながる |
にゃるき
最初にわん助が言った「年に2回だから季節が決まってる」、あれは
飼い主さんもよく言う勘違いにゃ。でも今日のわん助は、そこから
2本の軸まで自分でたどりついたにゃ。エストロゲンとプロゲステロンの山ふたつを思い出せば、発情の話はぜんぶつながるにゃ。よくがんばったにゃ!
わん助
赤い山がのぼって、青い山があとから来る!それだけ覚えとけばいいんだね。
赤血球がいっぱい写ってたら発情前期、角ばった細胞ばっかりなら発情期。ぼくにも見分けられそう!アプリで繁殖の問題やってくる〜!
※ ここに参考書のリンク枠を挿入予定
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発情の話は、実習でも受付でも必ず出会うにゃ。山ふたつと、軸2本にゃ。